#29 移住者ならではの視点で能登を見つめる

 

堀端良昌さん 能登リゾートエリア増穂浦

「最初は、本当に何が起きたのかわからなくて。でも、あのアラートが鳴って初めて『あ、地震なんだ』と自覚しました。揺れとアラートは、ほぼ同時というか、アラートの方がちょっと遅かったぐらいです」

2024年1月1日の様子を話すのは、志賀町観光協会が運営する「能登リゾートエリア増穂浦」の運営リーダー、堀端良昌さんだ。奥さんと愛犬2匹と元日を過ごしているときに能登半島地震が襲った。

「防災無線で『大津波がきます』っていう警報が流れてきて、とにかくすぐに家の裏にある避難所へ行きました」

しかし堀端さんは、避難所の中に入ることはなかった。駐車場に車を停め、車の中で2晩を過ごした。その理由が2匹の愛犬の存在だ。犬種はゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバー。大型犬だ。

「ペットが苦手な人は苦手だし、その人たちの気持ちもわかります。ペットは人間ではないのは確かです。でも、僕らは2匹の愛犬を自分たちの子供だと思って育てているんです。だからこそ、ペットを飼っている人と飼ってない人の避難所を分けるっていうのも、考えていった方が良いのかな。お互いが嫌な思いをしなくてすみますし」

堀端さんの愛犬、ゴールデンレトリバー(左)とラブラドールレトリバー=堀端さん提供

志賀町は「避難所でペットを飼っている人へ」という案内を出した。

  1. 決められた場所で、ケージで飼ってください。
  2. ケージから出すときは、リードにつなぐか、キャリーケースの中に入れてください。
  3. フンやおしっこは、決められた場所でさせて、すみやかに、きれいに片付けてください。
  4. エサや水をあげたあとは、きれいに片付けてください。
  5. ブラッシングは屋外で行い、毛が飛び散らないように気を付けてください。

しかし、ペットの鳴き声やアレルギーがある人への配慮から、飼い主は避難所を利用せず、車中泊を選んだ人も多かった。また地震発生直後は、ペット用のフードやシーツ、ケージなどの基本物資が不足していたことも課題として残った。

環境省は2013年に「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」を策定し、自治体が避難所でのペット受け入れ体制を整備するよう促している。能登半島地震の教訓を踏まえ現在、ガイドラインの改訂作業を進めている。

堀端さんが、地震後初めて能登リゾートエリア増穂浦に出勤したのは1月3日だった。

能登リゾートエリア増穂浦にはキャンピングカー専用サイトやテントサイトのほか、大小13のケビンが立ち並ぶ。目の当たりにしたのは、玄関先の亀裂や隆起した縁石だった。ケビンのテレビは、ことごとく倒れて損傷していた。

「テレビが全部ダメでした。床に落ちて液晶画面が割れたり、ひびが入ったり。電源を入れても、音は聞こえるけど、画面は真っ暗。そんな状態でした」

棚から落ち床に散乱する金網やヘルメット(管理棟)=堀端さん提供
落下し破損した大型テレビ(管理棟)=堀端さん提供
台から落下し画面にひびが入ったテレビ(コテージ)=堀端さん提供

管理棟でも、バーベキュー用の金網や着火剤、カンテラなどのキャンプ用品が棚から落ち、床に散乱していた。「お客さんを入れることが出来るのは、いつになるだろう」と思ったという。水は出ない状況だったが、コテージの建物に大きな損傷はなく、程なく復興に携わる人たちの受け入れを開始した。

「復興のお手伝いをしに来てくださる方とか、ボランティアの方とか……。志賀町より奥の能登に関しては、工事業者の方が泊まる場所がないので、その人たちの泊まる場所を確保しないといけない、ということになったんです。コテージは、なんとか泊まれる状態だったので、受け入れましょうということになったんです」

堀端さんは、2月に水道が復旧するまで、近くの湧水を汲んできて宿泊者に対応した。

3月。キャンプ場の一画に、モンゴルの移動式住居「パオ」のような建物が立ち並んだ。名古屋工業大学の北川啓介教授が開発したインスタントハウスで、高さは約4.3メートル、床面積20平方メートル。防熱シートを膨らませた後、内側から断熱材を吹き付けて建てる。1棟に6~8人泊まることが出来る。このインスタントハウスでボランティアを受け入れた。 ボランティアの受け入れ、コテージでの工事関係者の宿泊は今も続いている。

キャンプ場の一画に設置されたインスタントハウス
=能登リゾートエリア増穂浦インスタグラムより

堀端さんは1973年(S48年)京都市生まれ。勤めていた会社の異動で志賀町に来たのはおよそ20年前になる。その志賀町で旧富来町生まれの奥さんと知り合い結婚、堀端家に養子に入った。能登リゾートエリア増穂浦に転職したのは4年前だ。

「出身が地元ではないことが、この地域の観光の振興に役立つんじゃないかって思ったんです。よそから来た人が、志賀町で何をどう感じるかっていうのが、客観視できる立場にはあるのでないかと思いました。志賀町のためになることが出来るのであれば、ぜひ協力したいっていうのが観光協会に入った動機です」

能登に移り住んで20年、堀端さんは、富来の時間の流れが気に入っている。

「不便なんですよ。コンビニに行くにも車でないと行けないし、買い物するところもあまりないので、1時間かけて出かけないとほしいものが手に入らないこともあります。でもゆったりしたペースというか、この地域独特の空気感が気に入っていて。ずっと、せかせか動いてないといけない都会と比べると、こっちの方がまったり過ごせるなあって思います。自分は、ここを終の棲家(ついのすみか)にするんだっていう自覚もあるんです」

地震後、高齢者の多い町だと改めて気づき、今考えていることがあるという。

「志賀町にはどちらかというとご年配の方とか、ある程度落ち着いた世代の方に来てもらえたらと思います。今風の言葉で言うと、“チルっていただく”ような」

堀端さんは、「チルって」という言葉を使って、今の思いを披露した。「チルる」「チルってる」とは「くつろぐ」「まったり過ごす」「リラックスする」という意味で、語源は英語の 「chill out(冷静になる、落ち着く)」だ。

「高齢の方とか年配の方たちに対して、どういう商品とか、どういう観光情報を提供していけばいいのかとかを、考えた方がいいかなというのが、地震以降はなんか特によく思い浮かんでます」

堀端さんは「富来時間という言葉があるんです」と教えてくれた。「例えば、8時集合の飲み会なら、8時に家を出る、といったような……」。分刻みのスケジュールに縛られることなく、ゆったりと自然と会話しながら進む生活のリズム。ペットとの暮らしも、その延長にあるのかもしれない。移住者ならではの視点で能登を見つめる。

能登リゾートエリア増穂浦のコテージ前

能登リゾートエリア増穂浦

増穂浦リゾートは、日本海の美しい海岸線を一望できる絶好のロケーションにあります。 広がる青い海と雄大な自然に包まれながら、キャンプやバーベキュー、星空観察など、さまざまなアクティビティをお楽しみいただけます。日常を忘れ、自然と共に過ごすひとときが、心をリフレッシュさせ、新たなエネルギーを与えてくれます

https://noto-resortarea-masuhogaura.jp


〈ライタープロフィール〉
高橋 徹(たかはし・とおる)

1958年、石川県金沢市生まれ。北陸朝日放送で報道部長、東京支社長、報道担当局長などを勤める。記者として原発問題や政治・選挙、オウム真理教事件などを取材してきた。著書に「『オウム死刑囚 父の手記』と国家権力」


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