#26 被災事業者に寄り添い復興を見届ける 商工会職員の覚悟

 

中山拓郎さん 富来商工会

「激動の4年半ですね」と水を向けると、「そうですね」とうなずき、一瞬遠くを見つめた。

中山拓郎さん。1978年(昭和53年)、羽咋市で生まれ、愛知県の大学を卒業した後、金融機関に就職した。「志賀町は、たまに釣りに来るくらいで、ほとんど縁がありませんでした」というが、2021年に転職し、富来商工会で働き始めた。

2021年、日本はコロナ禍の真っただ中だった。緊急事態宣言が発出され、医療関係者、高齢者へのワクチン接種が始まった。7月には1年延期された東京オリンピックが原則無観客で開催された。雇用調整助成金の個別相談会が開催され、特別融資・緊急融資制度や、感染拡大防止対策支援金が創設された。

「コロナの支援から始まって、落ち着いてきたと思ったら、能登半島地震がありましたので……。大変でしたけど、逆にいうと非常時こそ商工会の出番というか、必要性は非常に高かったと思います」

2024年1月1日。中山さんは能登島で釣りをして、帰る途中、能登島大橋の上で揺れを感じた。急いで能登島大橋を渡りきったところで、2度目の揺れに襲われた。道路脇の駐車スペースに車を停め、余震や津波警報が落ち着くのを待って、自宅に戻ったのは夜9時ごろだった。家は傾いていたものの、大きな損傷はなく、電気や水道は使えた。

アスファルトが割れ、損傷した歩道=七尾市内、中山さん提供

中山さんが初めて志賀町富来領家町にある富来商工会に出勤したのは1月4日だった。棚は倒れ、床には書類が散乱していた。

「建物は大丈夫でしたが、入り口に段差があったり、亀裂が入ったり。ただ、ここは避難所になったんで、地域のみなさんがホールや廊下に段ボールを敷いて寝ていらっしゃいました」

取りあえず、事業者のところを回り、現状確認をしようと町へ出たが、商店街の様子は一変していた。

中山さんが撮影した画像を見せてもらった。

[IMG20240104110156]という画像ファイル名から撮影日時が分かる。2024年1月4日、午前11時1分56秒撮影。富来地区の商店街に向かう道路は、崖が崩落し、大きな岩が道を塞いでいた。

午前11時30分撮影。富来川横の道路は大きくひび割れ、地盤の隆起によりマンホールが不自然に突き出していた。ブロック塀は倒れ、周囲にはコンクリート片や瓦礫が散乱していた。

午前11時42分撮影。商工会の会員事業者の家。住宅の一階部分が完全に崩壊し、建物全体が大きく傾いている。に停めてあった車両が押し潰され、周囲には木材や瓦、生活用品などが散乱していた。

被災状況を目の当たりにして、言葉を失ったという。

「何も言えないっていうか、声を掛けられない。ただ行って、話を聞いているだけで、『大変でしたね』とすら言えない。『頑張りましょう』とも言えない」

富来行政センターでの炊き出し=中山さん提供

富来商工会には中小を中心に約250の事業者が加入している。商工会の仕事は、補助金の申請や融資の相談、販路開拓など、地域の事業者の経営に関する支援だ。災害が発生したときなど、国から出る復興・復旧に関する補助金の申請補助が重要な業務となる。

中山さんの事業者回りは続いた。しかし、補助金のスキームが決まっていないため、具体的なアドバイスは何もできなかったという。

「全然その今後の見通しが全く立たなくて。例えば私の担当の『能登金剛遊覧船』は、船が津波で流されて、ひっくり返っていたんです。直せるのかどうかも分からない。今でこそ、補助金とかいろいろ支援制度が明らかになっていますけど、当時はどうしたらいいのか分からない状況です。富来地頭町商店街の『御菓子のこぼり』も、旅館の『湖月館』も壁が崩れ落ち、戸が外れ、ガラスが散乱している。これは、今後どうやっていくのか……」

土塀が崩落し、木造の骨組みがむき出しになった旅館「湖月館」=中山さん提供

商工会には、たくさんの支援物資が届いていた。 タオルには「白山市から 応援しています」というメッセージが添えられていた。

全国から届いた支援の物資=中山さん提供

「なりわい再建支援補助金」や「小規模事業者持続化補助金」などの支援策が決まったのは地震発生から1カ月ほど経ったころだった。補助金の情報がなかなか入ってこない中で、大きな力になったのが全国からの応援だったという。熊本地震(2016年)の被災地・熊本県、西日本豪雨(2018年)があった愛媛県、千曲川水害(2019年)のあった長野県……。

「県の商工会連合会を通じて、全国の商工会から、毎週のように応援に来てくれたんです。例えば宮城県の商工会の人からは、『東日本大震災では、こういう補助金で事業者を支援しました』という話を聞きました。で、その人たちと一緒に事業者を回って、『この補助金でこうでしたとか、これなら申請はいけそう』とか、経験談を語ってもらいました」

税務の知識が必要な事業者には税理士と一緒に話を聞いたり、中小企業診断士と一緒に事業計画書を作ったり。中山さんの、そんな日々が続いた。なりわい再建支援補助金を使う時に、大規模半壊以上と、中規模半壊では補助率が異なることから、再審査の請求をアドバイスしたこともあった。

「私が建物の中に入ってみたら相当ひどい。最初の調査は外観のみで判定されることが多いので、『これ、もう1回見てもらってもいいんじゃないですか?』って言って、大規模半壊に評価が変わって、建て直しできるようになったというケースもありましたね」

中山さんは事業者から、よく「楽しそうですね」と言われるという。

「『楽しそう』というと、語弊がありますけど。でも事業者さんだけでなく、家族も僕のやっていることを見ていて『いいね』、『楽しそうね』って言うんです」

しかし、その一方で「後ろめたさ」も感じているという。

「職員のほとんどが富来の人なので、みなさん被災されてます。羽咋市に住んでいる私は、まあ被災者なんだけど富来のみなさんとはレベルが違う。ちょっと心苦しいというか、後ろめたいというか……」

「後ろめたさ」は「共感」と「連帯感」の表れである。「後ろめたい」と感じるのは、被災者の痛みを分かち合っているからではないだろうか。

中山さんは富来商工会青年部の担当で、「海のほとり市」や「光の絆 増穂浦のきらめき」など、地域活性化と環境保全を目的としたイベントを継続的に開催している。

事業者に寄り添い、復興を見届ける――。商工会職員の覚悟がにじむ。

被災した旅館「湖月館」の前で

富来商工会

〒925-0447石川県羽咋郡志賀町富来領家町甲10
0767-42-2562

https://togi.shoko.or.jp


〈ライタープロフィール〉
高橋 徹(たかはし・とおる)
1958年、石川県金沢市生まれ。北陸朝日放送で報道部長、東京支社長、報道担当局長などを勤める。記者として原発問題や政治・選挙、オウム真理教事件などを取材してきた。著書に「『オウム死刑囚 父の手記』と国家権力」


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