#1「山の志賀 海の志賀」 地震で再認識した「人とのつながり」

 

山口圭司さん ビジネスホテルやまぐち経営

「嫁さんからすぐ電話がかかってきて、『やばい』と。『建物がやばい』と。なんていうのかな、もう気が動転して、何をしたらいいのか分からない状態で」

奥さんからの電話の様子を話すのは志賀町高浜町にある「ビジネスホテルやまぐち」の経営者、山口圭司さんだ。2024年1月1日、津幡町を車で走らせているときに、能登半島地震が発生した。

「嫁の実家が金沢にあって、僕一人で新年の挨拶に行った帰りだったんです。というのも、家族はコロナで寝込んでいて。車は相当揺れましたね」

電話で指示したのが、火災への警戒と、宿泊客の安全確保だった。

「嫁さんにはとりあえずガスを止めてくれと。とりあえずガス。爆発したらアウトですから。それと、たまたまお客さんが一組、チェックインしたときだったんですよ。『とにかくお客さんが大丈夫か見てきてくれ』と指示しましたね。確認に走ってもらいました」

早く帰らないといけないという一念で車を走らせた。

「津波の心配があったので、のと里山海道は通れなかったので、裏道でガタガタのところを…。もうパンクしてもしょうがないと思って車を走らせましたね。1時間くらい、通常の倍はかかりましたね。」

ビジネスホテルやまぐちは志賀町高浜町にある。半径一キロ内に志賀町役場や道の駅、ホームセンターなどが並ぶ。
3階建て、43室のホテルは外壁の一部がはがれ落ちていた。建物の中は、戸が外れて倒れた客室、天井板がはがれ蛍光灯が宙づりになった客室、電気温水器が横倒しになった洗面所。特に3階の被害が大きかったという。

壁板が剥がれ、家電製品などが散乱する客室=山口さん提供
被害を受けた客室=山口さん提供
宙づりになった客室の蛍光灯=山口さん提供
電気温水器が倒れた洗面所=山口さん提供
タイルが崩落したホテルの外壁=山口さん提供

「避難生活を送ったのですか?」と聞くと、意外にも「1月20日から仕事をしていました。なぜかというと・・・」といって、棚から帳簿を出して見せてくれた。

「すぐに予約が入ってきたんですよね。まず最初はマスコミ関係。それからインフラ関係、それに復興支援にやってきた他県の自治体関係者とか……。水も出ないし、食事も提供できないのですが、なんとか寝ることはできました。申し訳ないけど雑魚寝状態ですね」

妻と2人の子供は町外へ避難したが、山口さんは母親と2人でホテルにとどまり、宿泊客の対応にあたった。

「近くの人の家に、井戸水があることが分かって、毎朝1時間かけて、ポリバケツに井戸水を酌んできていました。トイレだけは水が流れるようにして……。顔はその水で洗ってくださいと。でも、風呂は入れません」

1月15日には断水は解消された。しかし井戸水を酌みすぎたせいか、「しばらくしたら井戸が枯れてしまった」と笑う。

山口さんに地震前と地震後で変化したことはありますか?と聞いてみた。すると、「水の大切さが身に染みました」という答えが返ってきた。そして、「人とのつながりの大切さを、すごく感じました」という答え。

山口さんがいう「つながり」とは山ノ内町との「縁」である。山ノ内町は長野県の北東に位置し、町内に志賀高原や湯田中渋温泉郷がある。志賀町(しかまち)と志賀高原(しがこうげん)。同じ「志賀」という名を持つことから、「山の志賀、海の志賀」と銘打って連携し、互いに知名度のアップを図ってきた。

能登半島地震発災から間もない1月11日だった。志賀町の避難所に山ノ内町の支援隊が駆けつけた。名物のキノコ汁600人分と、渋温泉の源泉3トンを保温性のあるタンクで運んできた。足湯の贈り物である。3月には山ノ内中学校の生徒会が集めた義援金が、志賀町教育委員会に届いた。一方、今年2月は志賀町の町長らが山ノ内町を訪れ、支援の御礼に「カニ汁」を振る舞った。直線距離で150キロ離れた“志賀のきずな”は、ますます深いものになっている。

志賀町観光協会の理事長でもある山口さんはいう。
「震災でできた縁を大切にしていきたい。何かあったら、今度は自分たちが助けに行かなければいけない」
未曽有の災害を経験したからこそ、その言葉に思いがこもる。

ビジネスホテルやまぐちにて

ビジネスホテルやまぐち

山口さんが営むビジネスホテルやまぐちは、能登観光やビジネスの拠点に最適。全館Wi-Fi完備、無料駐車場やコインランドリーも充実。洋室・和室を備え、長期滞在にも対応。平日は地元食材を使った夕食も提供。快適で心温まる滞在をお届けします。

https://hotel-yamaguchi.com


〈ライタープロフィール〉
高橋 徹(たかはし・とおる)

1958年、石川県金沢市生まれ。北陸朝日放送で報道部長、東京支社長、報道担当局長などを勤める。記者として原発問題や政治・選挙、オウム真理教事件などを取材してきた。著書に「『オウム死刑囚 父の手記』と国家権力」


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